は、
「聴審相続耳ナリ。」と云つて、両方の指の先で彼の耳をつまんで引きあげた。彼は、思はず顔を顰めて、尻を浮せた。
「愛憎香臭鼻ナリ。」と、厳かに続けた先生は、稍興奮のかたちでギユツと彼の鼻をつまんだ。――そして今度は口早く、
「嘗味苦甘舌ナリ。」と、云つて彼の口唇を、たぐるやうに引ツ張つた。彼は、また思はずウツ! と、喉を鳴らし、女の子供が意地悪るの為に憎々顔をする時のやうに頤が前に突きでたが、勿論彼の辛さとテレ臭さと、痴呆的な困惑の表情は、釣針に懸つた魚に違ひなかつた。二ツ三ツ呼吸をつく程の間、先生は、その儘指先きを離さなかつたが(先生の指が煙草臭さかつた。)忽ち、えツ! と肚のあたりに力を込めて、彼の頤を突き反し、
「常審思量意ナリ。」と、怒鳴るやうに云ひ放つたかと見ると、ヤツ! と叫んで彼の胸をドンと打つた。まことにこの時の先生の早業は、一刻前の先生の言葉通り、霹靂一閃で、堂に入つた気合術だつた。
そこで先生は、程の好い温顔に立ち反つて、お前も馬鹿ではなからうから、これ以上私としては何も云ふことはない、謹慎十四日、静思黙考して、冷浴の時はひたすら六根清浄を唱へ、審さに十四日間
前へ
次へ
全41ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング