ことまで記述してあつた。これを突き付けられて彼等は、唖然とした。気の小さいHは卒倒した。彼等は凡て二週間の停学の上、修身点を零にされた。禁足中、受持監督教師が一度宛家庭訪問に来るのであつた。彼のところには松岡先生が来た。先生は、笑ひながら、
「前日に同じは簡単で好かつたな!」と、云つた。「此の頃こそ前日に同じなのぢやないかね。」
「…………」
「と、なるかも知れんが、考へなければならんのは其処なのぢや、解るかね?」
「はア……」
「普賢経に、六根清浄ヲ楽ミ得ル者当ニ是ノ観ヲ学ブベシとある、ギリシヤの昔から、即ち万物流転の説が立証されてゐる……従令それが石の存在であらうとも刻々に、その周囲に於ては、大気は移る、雲は飛ぶ、霹靂一閃、……風は吹かずとも木の葉は散る……一刻と一刻の相違は非常なものだ、まして我等は石には非ず、眼あり、耳あり、鼻あり、身あり、舌あり、意あり、即ち六根!」
今迄温顔をたゝへてゐた先生の容貌は、この時屹となつて、
「喜怒相見眼ナリ。」と云つて、人差指で彼の眉を突いた。相当力が入つてゐて、端座をしてゐる彼の体は、先生の指に伴れて一寸後ろに反り、また戻つた。と同時に先生
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