の天気を更に模写して、忽ち豊かな架空日誌を作成したのである。――Aは、様々な材料を集めて、写真入りの日本アルプス登山記を作つた、Bは、函山天幕生活記を捏造した、Cは、漁船に同乗して大島を巡遊するの記、Dは、丹沢山に昆虫採集に赴き山猿に出遇ふの記、フランクリン自叙伝、ナポレオン言行録、ブルターク英雄伝等々の書名ばかりを無暗と列記して、暑中五十日石垣山麓に潜んで、我また英雄を夢見るの記を縷々と叙したEとか、月下熱海街道を駆足して、帰途は一路小田原御幸ヶ浜まで遠泳したといふ「マラソンと遠泳の記」のFとか、Gは、阿未利神社に於て断食七日の記、また、俺は道了山中で狸と格闘するの記を書かうか、などゝ云ひ出して、それは余り嘘らしくてバレてしまふぞ、と慴されて頭をかいて引きさがつたHもあつた。
だが彼には、一つもさういふ名案が浮ばなかつた。そしてやつと書きあげた何日分は、それが若し真実であつたならば、修身点は勿論甲上、級長の位置をも奪ふに足るべき温良、忠実な記を作成したのである。一字書くと、松岡先生の顔が浮び、一行すゝむと怖ろしい生徒監の姿が見えたり、そして自分は母に対して何といふ酷い不孝者なのだら
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