限り九時まで許可――以上は厳則の一端に過ぎない。艶書、バイオリン弾奏、文学書閲読、遊廓散歩等の悪事を発いて制裁を加へる一味の不良正義党が学生間に自づと組織されて、彼はその党の一員だつたが、彼等のその他の生活は悉く当局の忌諱に触れることばかりで、その方面では彼は煽動的張本人であつた。――だから学校に差し出すべき日誌に録すべき日は、一日もなかつたのだ。
第二学期が始まる四五日前に彼は、忠実な学生を訪れて、厭がるのも関はずその日録を奪つて五十日間の「天気」を写しとつたのである。そして天候に準じて、夫々の日の記録を捏造しなければならなかつたのである――その頃から頭も筆も到つて自由でなかつた彼は、その捏造記録の困難と云つたら、たしかに地獄の苦し味だつた。と云つて他人の日誌から丹念に「天気」を写し取る程の汲々性で、正直な記録を作成して甘んじて当局の罰を負ふたならば、自分も寧ろ朗らかになり、党員等からも推賞されるに相違なかつたのであるが、彼はまた他の党員達と同じく姑息だつたのである。
天気を写し取るといふのは、彼の発案だつた。彼がこれを提言した時、一同の者は此上もなく賞讚した。そして各々彼の写本
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