にそんな風に変つてゐたのか思ひも寄らなかつた。さう思つて見ると何うも近頃、笑つても、泣いても、心底から感情に支配される如き思ひもなく、空々しい歎きの煙りにうろたへてゐるばかりの気がするのであつた。
「御面師だけあつて、妙なところに気を留めたもんだね。幸ひ僕が神経衰弱なんで、反つてそんな、君の云ふことに耳を傾けたりするんだが、普通の人が聞いたら気狂ひの寝言だらうよ。」
「それあ知つたことぢやないが――今晩はひとつはなしついでに、もう少しつき合つて下さいませんか。」
「厭なこつた、馬鹿/\しい!」
 私は、袖をつかまうとした彼の腕を激しく振払つた。
「そんなことを仰言らずに、ほんのもう一時間でもつき合つて下さいよ。あなたは、これにこりて屹度もう此処にはいらつしやらないに違ひありません。……残念なんだ。」
「無論、来ないよ。」
「あゝ、云ふんぢやなかつたな!」
 彼はさも/\落胆さうに息を吐いた。その歎声が如何にも真に迫つて切なさうだつた。内容をおもへば腹が立つだけだつたが、何は兎もあれ見ず知らずの男が、自分にそんなにも熱心な関心を持つたかとおもふと、私は余りにも無稽な奇抜さを抱いた。
「君
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