でなければ自分の仕事は出来さうもない。」
と突つぱなした。誌しもしないのだが、彼の言のうちにはさつきから頻繁に、Rさん、Rさんといふ名前が出没してゐたのだ。
「わたしが居たら邪魔になりますか?」
「今迄は気にもならなかつたんだ。然し、若し邪魔になつても、さしあたり行き場のない時にはさうも云はないが、Rさんと、そんなはなしが出来たといふんなら、君にしたつて其方へ行つた方が運が向くだらうよ。」
「妙なことは云はないで下さいよ。わたしは何うしても此処で、一つだけはこしらへて、あなたへ置いて行かなければ気が済まない。」
「僕は御面なんて欲しくないんだ。」
斯んな場合のそんな返礼などといふわざとさに私は敵はなかつた。
「欲しくなくつても、わたしは置いてゆかずには居られないんだ。」
と彼は飽くまで強情を張つた。
「…………」
私は、そんなものを置いてゆかれることが、ほんとうに迷惑だつた。
「止めて呉れないか、僕は子供の時分から御面といふものが妙に怕くて……」
「だから、好みの注文を出して……」
「しつこいな。好みも何もありはしないよ。君には僕の云ふことが解らないのかしら。僕は御面なんていふものは嫌ひなんだよ。」
「一概に、左う云つてしまふものぢやありませんや。御面師と知つて、今迄あなただつて、あたしを置いて呉れたんぢやありませんか、急にそんな……」
彼の調子には不意と棄鉢の気が萌したやうであつた。贈らうと主張するのを、贈られたくないと謝絶する自分のわざとらしさも随分ときわどいものとおもふのであつたが、左うなると私も益々強情になつて、その上、不気味さともつかぬ戦きにさへ襲はれ出したのである。何をつくるのか知らぬが、いろいろな顔つきの御面を私はあれこれと想像すると、それが何んな類ひのものであつても、自分の持物になどなつたら、たとへ一日であらうとも、何か自分との因縁でもついて、いつまでゞもの思ひ出の種にでもなりさうな堪らぬ厭気を覚ゆるのであつた。――それにしても、あの朝停車場で彼と遇つた以来、もう一ト月にもなるのに、今が今迄、彼といふ人物にとても迂滑な親しみなどを覚えてゐた自分が今はもう他人の夢のやうに翻つてゐるのが吾ながら不思議であつた。
「ともかく注文を出して下さい。」
彼は頑として坐り込んでゐたが、余程酩酊してゐると見えて、思はず達磨のやうに前へのめりかゝつたりする
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