けぬと云ふのだが、人に云ふべき類ひの煩悶はないのだ。此処は自分の仕事部屋だから酔ふた人に来られるのは迷惑だ! と、たつたこれだけのことさへ云へぬのは何うしたといふことであらう。」
「作家志望だと称する泥酔の佐田某なる老村吏が現れて、最もあやふやな自然主義の主張を喚きたてた。猥雑聴くに堪えざるものであつた。或る時の吾酔態にも似たるかと慄然たり。」
「町から来たる妻に、口を極めて罵らる。何故に多くの縁者を振り棄てぬのか? といふのであつた。吾に生活能力の欠けたるは、その間の怯堕がわざはひする所以なりと非難の声尽きず。多くの縁者の吾を軽蔑すること夥しき由、かゝる渦中に再び戻りたる吾が所業の不甲斐なさを妻は哭して止まず。」
「R叔母来りて、先日送られしものゝRの行衛皆目不明にて未だ会はざりしといふ。此処に同居を促したれど、吾が身辺のうそ寒き気はひを察してか諾かず、深更に至りて町へ戻り行く。劇中の人物にも似たる悄々たるさまなり。」
「K叔母来りて、吾と吾が母との同居をすゝむるなり。母は既に零落して、子の帰来を待つ由なりと伝ふれど、K叔母の所存こそ信じ難きものなり。R叔母の言とおそらく反対にて、R叔母に依ると、凡そK叔母の言たるや、吾が母の意志には非ずして、K叔母は寧ろ吾が心を苛立たしめて(以下五行抹殺……筆者)一家の団欒を希ふはもとよりなり。されど、この心の、母を敬ひ得ざる不幸の、怕るべき佗しさの(以下四行抹殺……筆者)所詮、吾には母を放擲してまでの放浪性は抱けぬものならむ。その零落こそを待ちて、吾はすゝみて扶養の任をはたしたき念なり。」
日記に現はるゝ私の片言は、何処をひらいて見ても惨憺としてゐた。
或る日御面師は、Rの振舞ひで、よろよろと酔つて戻つた。
「何だつて、もうお好み次第のものをつくつて御覧にいれます。それについては、是非ともひとつあなたには、これまでのお礼のためにお贈りいたしたいんですが……」
「折角だが僕は貰つても仕方がありませんから、Rさんが世話をして呉れると云ふんならそつちへ売つた方が好いでせう。」
「いえ/\……」
と彼は行儀好く手をついて首を振るのであつた。「是非ともこの部屋に、わたしの仕事を一つ遺させて戴きたいんで……」
彼がそんなことをくど/\と、申し立てはぢめると、私は何故か急に腹が立つて来て、
「Rのうちへ行つて呉れ。僕は、やはりひとり
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