#ここで字下げ終わり]
 斯んな軍歌の合唱が挙つた。円楯組の歩兵隊が、剣の先でその楯を叩いて調子を合せながら行進して来るのであつた。
 すると、斯の軍歌に合せて街全体が巨大なサイレンのやうな唸りを挙げて、続く軍歌を合唱した。この、きらびやかな行列を取り囲む群集の和讚である。――合唱隊は見る間に街の彼方に行き過ぎて行つたが、その声は津波のやうに何時までも空に反響してゐた。
 空には、花火が砕けては散りしてゐた。
 杖にすがつて歩みを運んで行く老哲学者がゐた。望遠鏡を鉄砲のやうに担いで一心に空を眺めながら、ふらふらと歩いて行く天文学者も居た。シルクハットをあみだにかむつた不良青年が、長袴の裾をとつた恋人の腕を携へて、詩の講釈をしながら行き過ぎて行つた。
 老若男女、限り知れぬ群集の流れであつた。そして、様々な、切れ切れの言葉が、何うかすると妙にはつきりと私の耳に聞えて来たりする。
 ……「円楯組と角楯組が、今夜はブロッケンの麓で戦車競技を行ふさうだが、君は何方の味方なんだい。」
 ……「それにしても、この人出ぢや、万一青い火が炎え出しても発見されぬうちに踏み潰されてしまひはしなからうか。」
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