。
………………
それから私が首尾好く仕事を成し遂げるまでの、自分の姿や物腰や心持などを私は今此処に誌すに忍びない。やがて私は戯曲家の仮面を被つて、大時代劇の舞台で、秘かに、審かに、実を吐いて、人知れず顔をあからめよう。
………………
裏の竹藪の蔭にある栗の木に繋いでおいたロシナンテの傍らに、抜足で立ち帰ると私は二つの袋を鞍の両脇にしつかりと結びつけ、幾枚かの小判は財布にぎりぎりと巻き込み、息を殺して街道に忍び出た。そして、ロシナンテの蹄から、ワザと水に濡らしておいた草鞋を脱ぎ去つて、体をかはかして鞍上に飛び乗つた。さつきの良心や戦きは忽ち消え去つてしまつて、名状し難い痛快さに襲はれてゐたので、そんな風にして飛び乗りでもせずには居られなかつた。私はロシナンテの鬣の中に顔を埋めて、青白い月の光りを切つてヒウと鞭を鳴した。――野良帰りの農民が通つてしまへば、宵のうちでも絶えて人通りのない小川に沿うた長い一直線の街道である。ロシナンテの四個の蹄は、巨大な霰の如く凄まじく大地を鳴して突風を巻き起しながら一散に駆け出した。何だかわけがわからなくなつてゐた――おそらく、凄まじい風に翻るロシ
前へ
次へ
全28ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング