―一杯のデイルスの水と一壜のウオッカとの差別も知らぬ。悪夢の谷を――陶酔の――と云ひ代へることだつて、別段至難の業とも思はれぬまでさ。馬鹿な話は止めて、さあ、もう一遍踊らう。」
「……で手紙は、何うなつたの?」
「さうだ――で、書かうと思つたらペンが何処かへ行つてしまつて見つからないのさ。そこで、鉛筆を拾ひあげると、こいつがまた折れてゐるんだ。」
「まあ、可哀想に――」
「ナイフなんてありはしない。で、うつかり大事な剃刀で、そいつを削つて手紙を書いたのは好かつたが、さて今度は※[#「髟/(冂<はみ出た横棒二本)」、第4水準2−93−20]を剃らうとすると、さあ大変だ……」
「面倒な話だわね。宿屋の近所にだつて床屋位ゐあるでせうに……」
「…………」
「ほんたうに、その※[#「髟/(冂<はみ出た横棒二本)」、第4水準2−93−20]ぢや、憂鬱にもなるでせう。折角、そんな新しい着物を着てゐるのに――」
「何うかして、俺の尊敬するタルニシア姫の頬ちかくに、この顔が近づきはしなからうと思ふと、気が気でなかつた。それ以外に何んな哲理を索めあぐんでゐたわけでもなかつたんだよ。失敬――」
「このビル
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