貨は何枚位ゐお持ちですか?」
と訊ねた、今日私は、アゼンスの煽動政治に反旗を翻し、そしてソクラテス亜流の唯心哲学を嘲笑したアリストフアーネスの一作物――「乱雲」他一篇――の翻訳を三ヶ月ばかりで脱稿したところで、一袋の金貨を所持してゐたから、そのままそれを彼の眼の先に差し示すと彼は腕を伸して握手を求め、そして歌つた。
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「木造りの食卓また酒を出し得べし
炯眼を放ちて自然を見よ
ここに奇蹟あり疑ふ勿れ」
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で、私も歌つた。
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「偽りの姿と言葉
想ひを変へ国を変へて
ここに現れよ、またかしこにも」
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彼もまた更に折り返して歌つた。
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「………………
迷妄よ、彼等の眼より覆面を去れ。」
[#ここで字下げ終わり]
私は、兎でもぶらさげてゐるやうに胸の先につまみあげてゐた金貨の袋が、床の上に滑り落ちたのも気づかず、やつぱり袋をつまみあげてゐるまゝの胸のかたちをとつたまま、自分の歌ひ出さうとする歌に酔うた。さつき円楯組の軽騎兵が歩調に合はせて歌つて来た軍歌に、私は自分の作に依る歌詞
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