一切御持参なさらぬがよろしいでせう。私が只今用意いたして居ります少しばかりの瓦斯が出来次第に私達は飄々とこの地上を離れます。そして段々体が軽くなると益々迅速に飛行することが出来ます。さあ、新旅行の首途を祝しませう。」
 私は、これらの科白の受け渡しがあまりに流暢に、恰も吾々が日常の会話を取り交すごとくに自由に運ばれたのに有頂天になり、座席に飛び込むと、今度は全くの自分の言葉であるにも拘はらず、思はず今迄通りの、気取り込んだ重々しい声色で、
「俺に懸念することなく、案内役の勝手気儘に先づ最も愉快であらう小世界へ運んで呉れ。だが、この群集の列からは脱れて、出来るだけ速かに、あの花火の空とは反対の方角を目指して一散に飛行して呉れ――青い焔に背を向けよう。それツ、急げ急げ!」
 と合図した。
 人通りの全く杜絶えてゐるかのやうな公園の森の中を、タキシーは砂煙りを挙げて疾走してゐた。
 不図助手が振り返つて(何といふ鋭い眼光を持つた青年だらう……と私は、その時はじめて彼の容貌に気づいた。どうやらさつきの角楯組の兵士の横顔にも似てゐる、あの鋭い眼光はフエスに憧るる者の眼だ――と私は思つた。)
「金
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