やうに狎らされてゐたので「君の意見はそれはそれとして一廉であり……」とか「意志の自由に於いて……」とか「誰が誰を掣肘出來るものか……」などといふ言葉が悉く絶大なる美しい響きを持つて感ぜられた。要するに、青葉の窓下で純粹な夢を語り合つてゐる二人の人物が物珍らしくプラトニツクに映じたのであらう。私は歸りがけにWのネクタイピンを買つた。
ところが私は何とも迂濶なことには、二三日經つてはじめて學校へ行き、はじめて時間割を見て、思はずアツと驚いた。こゝにも例の體操と作文の科目があつて、出席して見ると、やはり黒板に「故郷に入學を報ずる文」といふやうな題が出て私は一行も書く氣になれず、また體操に出て見ると、氣を付ケ! 番號! などといふ嚴めしい號令がかかつた。そして、その掛聲から恐るべきTさんの錐の目が光つた。Tさんの聯想さへなければそんなに驚かなかつたのであるが、あの歩調の亡靈は飽くまでも私に絡みついて、私の脚はすくんだ。學年末の通知表を見ると作文と體操が、〇點と〇點で落第だつた。學校に入つて初めて口を利いたのは故柏村次郎であり、次にクラス會が大久保の方で開かれた時淺原六朗と知り、間もなく岡田三
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