まりに微細に、あまりに研究的に記述されてゐた。――何の事件もない、最も平凡な一個人の、その上たゞ一室内に於ける生活を観るだけでも、傍観者の態度に依つては、そこに不思議な熱と、新しさとをもつた芸術味が感ぜられる――などと、わたしは彼のノートを翻しながら思つた。それは、同じモデルを様々なポーズで描いてゐる熱心な画学生のデツサンを見るかのやうであつた。)

 タオルを胸に捲きつけてバスからあがつて来た二人は、そのまゝ椅子に腰を降ろして、アイスクリームを喰べはじめた。二人は並んで前の鏡台に顔を写してゐた。
 で、僕は鏡の面に眼を向けると、にこ/\と笑ひながら水菓子のスプンを口もとに運んでゐるいとも健やかな二人の顔が、鏡の中にはつきりと写つてゐるのを見た。額ぶちに入つた上半身の動く大写しであつた。
 二人は、ふざけて、わざと大きな口をあけて舌の上にスプンを乗せて互の顔を見合せたりした。そして、仰山に、まんまるく眼を視張つて、突然笑ひ出すと、何が可笑しいのか、切なさうに胸をおさへて何時までも突伏して身悶えをした。さうかと思ふとA子は急に、多分虫歯に冷たいものが滲みでもしたかのやうに、露はな肩をすぼ
前へ 次へ
全15ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング