して彼方へ出向いたのであつた。
――が、再び引き返して、眼鏡を執りあげて見ると、丁度其処に外出先から娘が戻つて来たところであつた。A子と一緒に入つて来たのは、彼女が常々余程愛してゐると見えて二人が此処に現はれると何時までゝも抱き合つたり、頬をすり寄せて睦言に耽つたりするのが慣ひのA子の妹のやうな女学生のR子(と勝手に僕が称び慣れてゐる)であつた。
女学生だつたので僕は安心した。あの学生ならば、A子が眠つてゐるところにでも何時でも平気で入つて来るのだ。
二人はラケツトを携へてゐた。おそらく学生が朝夙くA子をテニスに誘ひに来て、二人は此処で珈琲を喫んでから出掛けたに相違ない。
「馬鹿な!」
と僕は思はず呟いで自嘲の舌を打ち鳴らしてしまつた。「珈琲茶碗に飛んだ疑ひなんて掛けて、馬鹿を見てしまつた。俺は余ツ程何うかしてゐるぜ。」
二人の者は、大急ぎで運動シヤツを脱ぎ棄てゝ、寝台《ベツド》に倒れたまゝ稍暫らく風に吹かれながら空を見あげて歌などうたつてゐる様子であつたが、間もなく起きあがるとタオルを羽織つてバスへ出て行つた。
四
(理学士が観た半年もの間のA子の生活に就いて
前へ
次へ
全15ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング