合ひになり、娘とも友になつた。が、その精密な記述も、やはり、そのあたりで中断されてゐる。
 やがて、洋室の娘にも、長屋の娘にも相前後して恋人が到来した。どちらも秘かに窓を乗り越えて来る夫々に二組のロメオとジユリエツトであつた。
 それまでの間は主に海に向つて船舶の観察に余念のない彼であつたが、再び彼の眼鏡は異常な執念を含んで、夫々の娘の窓に向つてゐた。そして、眼を覆ひたくなるほどの濃厚な情景が、数限りなく彼のノートに誌し続けられてあつた。
 夫々の恋人同志が決して人目に触れぬと思つてゐる夫々の部屋で、熱烈な想ひを囁き合ふてゐる光景を、凝つと視守つてゐると、奇怪な生甲斐を覚える――と彼は或時震へながら私に告白した。
 私も、その展望台に行つて見ようか? と云ふと、彼は、うつかり飛んだ事を洩らして了つたといふやうな後悔の色を浮べ、厭に慌てゝ、「それは困る、それは迷惑だ。」と苦しさうな吃音で断つてゐた。「あの展望台は僕の仕事場であると同時に、寝室でもあり、その上僕はあの室でだけ結婚の夢を見てゐるのだから、うつかり入つて来られると何んな迷惑を蒙るかも解らない。結婚の夢は見るが僕は、おそらく真実
前へ 次へ
全15ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング