めながら夢見るやうな眼つきを保つたりした。すると、更にR子が、A子のその顔つきについて何か囁くと、A子は笑ひ転げて椅子から飛びのき、卒倒でもしたかのやうに烈しく寝台に倒れて、頭からタオルをすつぽりとかむつて、その中に四肢をかぢかめて丸くなつたりした。するとR子が駆け寄つて、タオルを奪ひとつて、打つ真似をしたり、腕を引つ張り合つたりした。
漸く茶卓が終るとA子は、シヤツを着換へて、別の側にある姿見の前に立つて、何か誇り気な様子で自分の姿を眺めた。そして、R子に向つて、何か説明しながら体操に似た運動のポーズを次々に示した。
R子は端の方に寄つて、A子の運動をぼんやり眺めてゐた。そして、合間々々に何かいち/\点頭いてゐた。
僕は、運動競技に関しては、この若さであるにも拘はらず全く無智なる徒輩であつたから、いつもA子はR子に向つて、何かの運動競技の構へや要領に就いてのコーチをしてゐるらしいのだが、僕には、それが何種の運動かさつぱり訳が解らなかつた。
……僕は、いつも彼女の口許の動きを見て、会話を想像するのが癖になつてゐた。動作と営みと表情などを仔細に注視してゐれば、言葉などゝいふものは大概誤りなく想像出来るであらう――と僕は思つてゐる。
A子は頻りに半身を折り曲げたり、飛び跳ねる恰好をしたり、重たいものを投げるかのやうな姿をとつて、R子に示してゐた。それが姿見にも映つてゐるので、此方から眺めると全く二人の運動者が、そこに動いてゐる通りに見えた。
扉《ドア》を誰かゞノツクしたと見える――二人は、一斉に其方を向いて、
「入つてはいけません。」
と断つたに違ひない。丁度、その時二人は、外出着に着換へようとしてゐるところで、これからコルセツトをしめて靴下を穿かうとしてゐたところであつた。
二人が支度が出来あがつて、外出しようとした時分此方も丁度退出時間だつた。僕は宿直日であつたが、夕飯を食べに出かけなければならなかつた。
五
二人が僕の前を歩いてゐた。僕は素知らぬ風を装ひ(自分が、自分だけに――)二人の後を追うて省線電車に乗つた。僕はA子の隣りに澄して(これも、自分だけの――)腰を掛けてゐた。
二人は絶えずお喋舌りをしてゐたが、一向僕の耳には入らなかつた。――僕は、真に眼近にA子を見ると、却つて、何だか、嘘のやうな気などがして、たゞ索漠たる夢心地に
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