て、眼がまがつてゐる!」
「口が達者で、お上品振りだ。」
 そこに二人坐つてゐる若い芸妓達が、口をそろへて「ほんとに此間は、随分妾達も怖かつたわ。」――「若旦那は、お口は拙いけれどどこかお強いところがあるわね。」
 彼女達が軽蔑してさう云つたのも知らず彼は、これは俺の威厳を認めたに違ひない――と早合点して、一寸好い気持になつて、
「ハッハッハ。」と鷹揚な作り声で笑つた。そして痩躯を延し、胸を拡げて、
「おい、お酌をしろう。」と眼をかすめて命令した。そして尚も自分の身柄も打ち忘れて、太ツ腹の男らしさを装ひ、
「うむ、お前達は仲々別嬪だな。」などとお神楽の役者のやうな見得を切つて点頭いた。
「ひとつ取りもつてやらうか。」彼の父は、彼の馬鹿さ加減に擽られて堪らぬらしく、失笑をおさへて彼を煽てた。「ほんとうだよ、女房なんてにこびりついてゐるのは……」
「駄目?」と彼は、皮肉なつもりの眼を挙げて、にやりと父の眼を視あげた。さういふ言葉を父に吐かせてやらうと思つてゐたのだ。
「親に意見か!」
 父は、ペロリと舌を出して平手でポンと額を叩いた。――彼は、厭な気がして憤《ぷ》つと横を向いた。すると、眼
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