ばなかつたに違ひない。
「この頃俺は毎晩毎晩酒にばかし酔つてゐて自分の仕事は何もしない。これぢやどうもいけない。皆なは俺が東京に居るうちはとても仕様のない暮しばかりしてゐたやうに思つてゐるが、この頃みたいに斯んなにだらしがなくはなかつた。第一酒などをそんなに飲まなかつた――」
 ふと彼はそんなことを口走つた。少々怪しくなつて来たぞ――彼は自分をさう思つた。
「皆な親爺が悪いから、といふわけかね。止せよう。」
「阿父さんも仲々厭味を云ふことが上手になつた。」
 頭の鈍い父と息子は、こゝでさもさも可笑しさうにゲラゲラと笑つた。
「だつて――」と父は笑ひが止まると、一寸白々し気に云つた。「貴様は今は仕事がないんぢやないか。夏あたりから例の会社に出る筈なんだから、まアもう暫く遊べ/\。」
「あゝ、さうだね。」と彼は軽く点頭《うなづ》いた。彼が心では、どんなことに没頭してゐるのか? まして文学に思ひを馳せてゐるなんてことは父は少しも知らなかつた。――下らねえ月給取りなんて止せ止せ、それよりも近く俺が材木会社を初める筈だから、そこに勤めろ――常々父はさう云つて、そんなことでは励まされない彼を励まし
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