たら。」
「英雄《エイユウ》と称《い》ふ普通名詞があるんで弱る。」
「ぢや、お前の一《イチ》を取つて英一とするか? だがそれぢや弟の英二郎と音《オン》がつく[#「つく」に傍点]からな?」
「雄《ユウ》を取るのと一《イチ》を取るのと、どつちが縁起[#「縁起」に傍点]が好いだらう?」
「さて、さうなると?」さう云つて彼の父は余程の問題を考へるやうに首をかしげた。彼も何か漠然と考へた。酔つた頭が、風船のやうにふはふはと揺いでゐるのを微かに感じた。
「それはさうと、今晩はどう? 帰る?」彼は、いつもの通りこの夜も母の手前を慮つて父親を伴れ帰す目的で此処に来たことを思ひ出した。
父は、居眠りをしてゐた。彼は、父が孫の名前を案じてゐるのかと思つてゐたが、父は慌てゝ眼を開くと、
「どつちが好いだらうな? だが、まアそのことは考へて置かうよ。」と呟いた。
「いや、もうそのことぢやないんだよ。――今晩家に帰るか、帰らないかといふこと。」
「今晩は遊んでしまはうや、いゝよ、気になんてしないだつて!」彼の態度が生温いのを悟つて、父はさう云つた。
「さうしようかしら。」
「さう/\、家に帰るのは閉口だ。」
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