大馬鹿者だ。」
「ごまかすねえ、鬚ツ面。」彼は拳固で卓を叩いた。「百辺云はうと云つたのはどうしたんだ? さア云へ/\。」
 到頭清親と彼とは、つかみ合ひを始めたのである。彼より、三倍も肥つてゐるとさへ思はれる清親にかゝつては、一ひねりにされるだらうと覚悟はしたが、思つたより強かつた自分を、彼は別人のやうに感じた。だが忽ち彼は首ツ玉を圧へられて、難なく寝床の中へ投げ込まれた。一たまりもなく頭もろとも夜具に丸められて身じろぎも出来なかつたが、飽くまでも口だけは達者に、
「覚へてゐろ!」とか「百遍聞かないうちは承知しないぞ。」などゝ、いつまでも連呼してゐた。
[#地から1字上げ](一三・八)



底本:「牧野信一全集第二巻」筑摩書房
   2002(平成14)年3月24日初版第1刷
底本の親本:「中央公論 第三十九巻第十一号」中央公論社
   1924(大正13)年10月1日発行
初出:「中央公論 第三十九巻第十一号」中央公論社
   1924(大正13)年10月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:宮元淳一
校正:
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