のこと、母のこと……それだけで、キレイに片づいて了ひ何の細い感情も伴はなかつた。折角の「深刻」も「緊張」も後かたなく吹き飛んだ。
「さうだね、周子は兎も角あつちへ行つてゐた方が好いね。」
「あなたまでが、そんなことを云ふんですか。」周子は頑なゝ眼つきで、恨めしさうに彼を視詰めた。
「あゝ、さうか/\。」彼は、軽々しく点頭いて「まア、そんなことはどうでもいゝや、皆な心配するねえ、おいチビ公! 貴様ひとつ踊りを踊つて見ろ。」
 雛妓をしてゐるお蝶の養女お光をつかまへて、彼は威張つた。が、彼の気持は未だ一寸小説の空想に引つ掛つてゐた。ふと「十三人」の頃のことなどを思ひ出してゐた。同人にはなつてゐたが彼だけは仲間脱れにされてゐた。
「彼奴は人生を遊戯視してゐる」とか「末梢神経の奴隷だ」とか「甘くて浮気な文学青年だ」とか「人生の暗い悩みなんてに気附かないのだらう」とか「あんな奴がどうしてわがワセダ大学の文科などに入つて来たのだらう、幼稚な夢を描いてゐるとしたら惨めなものだ」とか「カフエーにでも行つて歌でも歌つてゐればいゝんだ」とか「不真面目で、酒飲みで……」とか、そんな風に彼等から片づけられてゐ
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