」と父は快げに賛同した。「何とか使ひ道はないものですか?」
「僕の社に世話をしませうか、僕は現在では議会方面を担任してゐますが、もう一人や二人は若い記者が必要なんですがね……」
「うむ、そりやいゝですなア、男は政治方面に入り込まなければ嘘です。」
「帰つたら早速取り計ひませう。」
彼は、凝ツとして其処に坐つてゐられない気がした。親父が子供のことを、何分よろしく――なんて、さぞ/\皆な肚のうちで笑つてゐることだらう。
「この土地はこれで花柳界の方は仲々……ださうですな、社の連中の噂にも稀には出ますよ。」
「とても……」さう云つて父は一寸顔を赤くしたが、幾らか酒が回つてゐるらしく急に元気な声を挙げて「どうです諸君! 出かけて飲まうぢやありませんか……」などと云つた。
「よう、よう、賛成/\。僕らはもう学生ぢやないですからなア。」
「僕ア……」と彼の父も云つた。「頭はこう禿げてゐるが……」
「いよう、タキノの親父は素的だなア……」
斎藤は、見るからに上べの冷笑を浮べて、からかつた。
父は彼に、耳打ちをして、何故こゝにもお酌を呼ばないかと詰つた。彼は意地悪く聞へぬ振りをしてゐた。――父は彼に、厳しく促されて、挨拶だけ済すと、待せてあつた俥で帰つて行つた。「あとからお蝶の方へ来いよ、お蝶の方へ。」そんなことを、玄関に出た時まで彼に伝へた。父の俥の音が消ゆると、一同はドツと笑ひ声を挙げた。
彼等が帰つた後も、晩酌の時になると父は屡々嬉しさうに彼等の噂をした。斎藤からはその後何の返事もなかつたが、彼は父にはさうは云はなかつた。その後たつた一度東京で彼等に会つたが、誰の口からも一言も小田原の話は出ないので、彼は寧ろホツとした。彼は、父が死んだ時、友達のうちで父を知つてゐるのは彼等だけだつたが、誰にも通知は出さなかつた。
「自家《うち》の親類は皆な薄情だから、俺に若しものことがあると困るのは貴様だけだぞ。どんな相談相手だつて自家にはないよ……」
父は、よくそんなことを云つて彼に厭な思ひをさせた。
[#5字下げ]六[#「六」は中見出し]
「貴様などは長男の資格がないんだ、親不孝奴! 親の葬式の始末も出来ない癖に……」
清親はさう云つて一気に彼を圧倒しようとした。
「俺が死んだつて、後の始末なんて誰にもして貰ひたくないツて、――」彼は胸が涙ぐましく詰つて、危く清親に不覚の
前へ
次へ
全27ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング