は、悪いことだが――」と口のうちに弁解しながら、
「俺は、実は彼等をあまり好んでゐないのだ。」と云つた。それは彼の、小人らしい卑しい自尊心だつた。正直な心では、寧ろ斯う云ひたかつたのだ――俺のやうな男とは、彼等の方がほんとには附き合つて呉れないのだ、普段ぴよこぴよこしてゐる罰で、斯んな時には惨めなものだ。
「そんな考へだから駄目なのよ、そこのとこだけは没くなつたお父さんは偉かつたんぢやないの。随分大勢の人が出入りしたが、誰とでも親しく、そのことをお母さんからあんなに厭がられても、誰にだつてお父さんは厭な顔なんて見せたことはないぢやありませんか。」
「死んだと思つて、讚めるな。」
「あなたの心は曲つてゐる――。お父さんが繰り反し/\云つてゐた通り、お蝶さんの方と家を持つたのは、あれは確かにお蝶さんの為ばかしぢやないのよ、確かにお客の為よ、自家《うち》だとお母さんが厭な顔をするもので……」
「俺ア、手前んとこの親父は大嫌ひだ。」
「今は、あなたのお父さんの話をしてゐるところぢやありませんか。」
「熱海へ行つてゐる時分、貴様は俺の親父の悪口ばかし云つてゐたらう、顔を見るのも厭だなんて云つたらう。」
「あなただつて云つたぢやないの。」
「黙れ、貴様の了見は下品だ――第一俺は手前の阿母が、これまた気に喰はないんだ、あのペラペラと薄つペラな唇を突き出して愚にもつかない自分好がりの文句を喋る格構は想像したゞけでも鳥膚になる――アヒル婆アだ、貴様も好く似てゐる……」
「自分の阿母さんは、どうだ。」
「…………」
お蝶と百合子が、まアまアと云つて彼をなだめたが、彼は諾かなかつた。
「貴様の親父は悪党だ! 金を返してくれ、金を返してくれ、あの紙屑爺のおかげで家では二万円も損をした。」
「うちのお父さんのおかげで、あなたのお父さんは借金することが出来たんだ、あなたのお父さんみたいな無頼漢は、小田原でさへちやんとした人は相手になんてしませんよ。」
「さうだらうよ、さういふ人のところに、巧みな甘言を用ひて附け込んだ貴様の親父は、悪漢だ。質が好くないといふものだ。手前えなんぞは何処の馬の骨だか解つたものぢやないぞ!」
初めのうちはそれ程無気になつてゐた彼ではなかつたが、ふと二万円といふ言葉が浮ぶと、父が死んで以来心の調子の狂つてゐる彼は、そんな種類の金のことなぞを耳にしても、かツと取り逆せ
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