んだ紳士《ドン・キホーテ》に変装してゐたのです。
「常々、時間励行に関してはあれほどその思想を鼓吹しておくのに、いまだにこの有様では誠にこゝろもとない次第ぢやわい。」
 老騎士は筒型の望遠鏡を伸してはるか脚下の街道を眺め渡しながら不平の胸をふくらませつゞけてをりました。私も額に平手を翳して、一筋の河が銀色に光りながら伸び渡つてゐる明るい野面の涯までを眺めましたが、そこにはうらうらとする陽炎が果しもなくゆらめいてゐるばかりで、ひとりの人の影さへも見あたりません。私も少々ながら心細さに襲はれて、動くものの影ならば鳥の姿でも見出すぞとばかりに達磨の眼を見張りました。
 およそ十分間あまりも私達はそのまゝの立像と化して眼を据ゑてゐた時、突然村長が、
「やあ、そろつたぞ/\、来たわ/\!」
 と大きな喜びの声をあげました。――「先づ先頭に、リリイの手綱をとつて現れた城主もどきの裃姿は造り酒屋の主だよ。続く、緋縅《ひおどし》の鎧武者は地主の長男だ。|風の神《ゼフアラス》と思ひこらして大袋をかついだ鬼面の大男は、居酒屋の権大郎ではないか。果物問屋のハツピー・フリガンが、バツカスになつて酒樽を首からぶ
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