花でも開きさうな温い朝の、三方を蜜柑の樹に深々と覆はれた丘を屏風とした村の――私達一行の出発の光景です。
 私はどうも思はしい思案も浮ばなかつたので、普段でも着慣れてゐるアメリカ・インデイアンのトウテム模様を織出したガウンを羽織り、特に鳥の羽根を飾つた酋長用のモンクス・フード(とりかぶと)を翻して、水車小屋のドリアンに打ち乗つて、出発点と定められた村境ひの馬頭観音の前に駆けつけました。誰が、どんな姿で現れるか私は、それが楽しみでした。
「やあ、マキノ君か――どうも連中の来方が遅くつて心外だぞ。まさか、あれほどの賛同の意を表しておいて、いざとなつて、彼等は急にてれ[#「てれ」に傍点]てしまつたんぢやあるまいな?」
 石塔の傍にロシナンテの轡を従者にとらせてぬつと立つてゐる銀色の鎧を看た老騎士が不平さうに唸りました。見ると、やゝ気色ばんだ村長です。
「そんな御心配は御無用ですよ、村長!」
 私はうや/\しく朝の挨拶を述べながら騎士の傍に近づくと、まさしく本物と思はれた銀の鎧はボール紙の手製のものでしたが、その手ぎはの鮮やかさには心からの敬意を払ひました。村長は案の条ラ・マンチアの|工夫に富
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