んだ紳士《ドン・キホーテ》に変装してゐたのです。
「常々、時間励行に関してはあれほどその思想を鼓吹しておくのに、いまだにこの有様では誠にこゝろもとない次第ぢやわい。」
老騎士は筒型の望遠鏡を伸してはるか脚下の街道を眺め渡しながら不平の胸をふくらませつゞけてをりました。私も額に平手を翳して、一筋の河が銀色に光りながら伸び渡つてゐる明るい野面の涯までを眺めましたが、そこにはうらうらとする陽炎が果しもなくゆらめいてゐるばかりで、ひとりの人の影さへも見あたりません。私も少々ながら心細さに襲はれて、動くものの影ならば鳥の姿でも見出すぞとばかりに達磨の眼を見張りました。
およそ十分間あまりも私達はそのまゝの立像と化して眼を据ゑてゐた時、突然村長が、
「やあ、そろつたぞ/\、来たわ/\!」
と大きな喜びの声をあげました。――「先づ先頭に、リリイの手綱をとつて現れた城主もどきの裃姿は造り酒屋の主だよ。続く、緋縅《ひおどし》の鎧武者は地主の長男だ。|風の神《ゼフアラス》と思ひこらして大袋をかついだ鬼面の大男は、居酒屋の権大郎ではないか。果物問屋のハツピー・フリガンが、バツカスになつて酒樽を首からぶらさげた恰好は、その面白さ讚嘆に価するわい。続く赤鬼、青鬼、|一つ目小僧《キクロープス》に傘の化者……」
下
しきりに村長が歓呼の声をあげ続けてゐましたが、そこまで聞くと私は、インヂアンの大酋長は、思はず、
「アツ!」
と叫んで、杖と構へてゐたアツシユの大弓を地にとり落してしまひました。先|達《だつて》の議決の時には私の親しい友達ばかり、例へば漁夫の八郎丸、馬蹄鍛冶屋の大二郎、麦畑の小作人である誰々、その他十余名で、酒屋の亭主とか、ハツピー・フリガンや、または地主の長男、或は執達吏、高利貸などの連中は、その場に居合せなかつたので、あの時の友達ばかりが現れるのかと思つてゐたのに――! これではどうも案に相違の絶体絶命だぞ――と私の脚は震へた。何故なら私は彼等に負債を負ふ身で、常々でも彼等が私を追ひ廻す姿は、鬼であり、化者であり、悪侍であるのだ。それが、ほんたうの鬼となり、化者となり、阿修羅となつて攻め寄せられては一大事だ。
「村長――私は、恥しながら今日の同行は辞退します。さよなら……」
私はいひ終らず一目散に裏山を目がけて遁走しようと身構へた時、村長は慌てゝ私のガウ
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