ケンは強《きつ》い嫌ひだよ。」
 と身震ひした。「歩くつたつて、人車ぢやないか。加《おま》けに岩吉がゐるんだし……」
「これは岩吉におぶさるのは嫌ひぢやありませんか。」
 と阿母は反対するのであつたが、洋服などを着た姿を友達に見られると、あとが怕いといふ当人の陳述も出て、大概爺さんの主張が通つた。私としては他所行の穿物といふのが、これがまた苦手の畳付の駒下駄であつたり、雪駄であつたりするために、加けに黄色い棒縞の厭に光つた袴など穿き、むかふに降りてから梅林のちかくの家まで行く間、転んだりするので、岩吉におぶさるのが常例だつた。岩吉は以前、小田原の俥夫であつたが、今時人力なんて曳いて居られるものかと発憤して人車の運転手に乗り換へたが、バクチを打つたとかの廉で間もなく免職になり、熱海で遊んでゐた。危く懲役へ行くところを、爺さんの口利きで救かつたとかで、恩に着てゐるさうであつた。(私は、そんな幼年の癖にして、そんな類ひの話を漏れ聞いてゐたなど――事実、記憶してゐるところを見ると、我ながら小癪な小僧と思ふのである。)
「岩吉は石川五衛門見たいだから、嫌ひだよ。」
 私は自分ながら、動ともすれば
前へ 次へ
全34ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング