も精一杯の声で泣き、その胸にとり縋つた。
「わしや、もう一遍熱海へ行きたいんだが、あのケイベンの煙突をおもふと、直ぐにむか/\して来る。せめてお前の描いた絵でも見て慣れたら、しつかりするかも知れないから写してお呉れよ。」
祖母は、幻灯会を終へようとすると屹度斯ういふので、その時も「フリガンと狐」の連続ものを終つた後で、傑作の汽関車を写し出さうとした途端だつた。電灯がついて明るくなつた襖の境に垂れさがつた白けたスクリーンの上には、走り出さうとした汽缶車の先端がぼんやりと写り放しになつてゐた。
三
熱海線が国府津駅から延長して真鶴まで達し、小田原は町を挙げて山車を繰り出し、連日の祝賀に酔ひ、また憐れなケイベンは風琴の蛇腹のやうに真鶴・熱海間と縮まつたのは大正十一年の暮であるが、いよ/\ホントウの汽車が敷けるといふ噂が立つて小田原や真鶴や熱海の土地の価格がにわかに高まつたのは、それより更に十年ちかくも前からであつた。祖母の訃を受けて帰国した私の父は、毎日退屈をかこつて、二年三年生の私ばかりを相手に鉄砲打に出かけたり、ポーカーを教へたりして、何となく成人《おとな》の友達扱ひで
前へ
次へ
全34ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング