きり「感ずること」「思ふこと」がありません。……照子の横顔を凝つと眺めて彼女に対する「恋情」を凝集させようとしましたが、何としても心が一杯になりません。東京に居る間に、堪らなく照子のことが想はれて到底凝つとしては居られず、慌てゝなど帰つて来た自分が何だか別な者で、可笑しい気がしました。……「なアんだ、こんな奴。」照子の横顔を眺めてゐた私にはそんな心だけしかありません。
「あゝ、妾またひとつ出来たわ。帰つて短冊に書かうや、純ちやんもお帰りな?」
「先にお帰りよ。」
私は、不愉快になつてゐたのです。ビクともしない、つまらない、といふ顔で凝つと海の上を眺めてゐました。鴎が四羽ばかりゆるやかに丁度私の眼の前で大きな円を描いて舞つてゐました。何れか一羽は代る代るおくれます。おくれても、決して翼の動かし工合は速くしないにも拘らず、間もなく仲間の群と一緒になつて何れが今おくれた鳥なのか見定めがつかなくなります。
「だつてもう直ぐに御飯だぜ。」
「すぐに帰るよ。」
照子は「これから手紋をひとつ書いて……」などゝ呟き、よいしよツ! と云つて砂を払つて立ちあがると、私を見降ろして、
「寂しさうね、ホツ
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