と小川が流れてゐます。――その足跡は、そんな流れを敵としてゐません。小敵に身構へるに、楯を執り、剣を抜き放ち……と云つた感じでした。
砂地は、スレートの如く平に滑らかでした。その上を私の足跡だけが、一筋に、はらはらと小魚のやうに滾《こぼ》れてゐます。――私は、はるか向方の着物のところまで足跡を追うて、見渡しました。一直線に――と確信して駆けて来た私の、その足跡は、まるで酔漢のそれのやうに、ヒヨロヒヨロと曲つてゐました。――だが思つたより長い距離を駆けてゐたのを、今更のやうに感じました。――また、あそこまで着物を取りに戻らなければならないのか! と思ふと私の気持は、急に夥しい怠惰者になりました。
私は、両腕を後に張つて、そのまゝそこに腰を降ろしてしまひました。私の腹と胸は、大きな呼吸で波打つてゐます。私は煙草を喫《ふか》したかつたが、仕方がありませんので、酷く手持無さたになつて、息づかひの激しい、性急な、間断なく山になつたり谷になつたりする腹の運動を眺めてゐるより他にありませんでした。――膝頭に止つた脚の長い変てこな昆虫が、腹の上に飛び降りました。虫は、凝ツと翅を休めると、どんなに、
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