。ゴム毯のやうに軽い私の体は、ゆるやかな弧を描いて、軽く対岸の砂地に、直立のまゝ踏みとゞまりました。――私は、兵隊が「気を附け」の号令を耳にした時のやうに、矗《すつ》くと、其処に立ち続けました。
 向方の大きな籠の上に、白い鳥が一羽休んでゐるのが、あたりの静かな風景の適当な点景となつて、おだやかに私の眼に映りました。――私は、それを目標にして、凝と不動の姿勢を保ちました。
「どの位飛べたか?」と私は、思ひました。――振り返つて、それを確めることが一寸楽しみに想はれました。が私は、わざと直ぐには振り返らずに、尚も凝つと屹立してゐたのであります。
 沖の方で、汽船の笛が円く響きました。
「熱海行だな――もう十二時なんだ。」
 斯う私は、思ひましたが、船の方は見向きません。玩具のやうな船が、可細い煙を吐いて、後の方からゆるゆると進んで来るところを思ひ、幼年時代に、さういふ絵を描くことが得意だつたことを、ふと回想したりしました。
 私は、暫く棒のやうに立ち尽して、何となく苦笑を感じて、――流れを振り返つて見ました。
 二つの足跡が、交互に散つて、踏み切つて一気に飛んだ間隔の真ン中に、チヨツピリ
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