私の腹が大きく脹れたり凹《へこ》んだりしても、一向に頓着なく、何か憂鬱なことでも想ひながら遊動円木にでも乗つてゐるかのやうに図々しく、落ついてゐます。そのうちに私の息切れは、収まりさうになりましたが、私は虫を眺めながら故意に大きな深呼吸をしたりしました。
 なにしろ私は、もう一辺あの着物のところまで戻らなければならない、と思ふと、それが何よりも退儀でなりませんでした。
「照子の奴が、また二階の欄干からでも眺めてゞもゐはしないか?」
 われに返つたやうに斯う思ふと私は、堪らない冷汗を覚えました。
「チヨツ! チヨツ! チヨツ!」
 私は、顔を顰めて、激しく舌を鳴らしました。
「彼奴は何といふ安ツぽい虚栄心の強い女なんだらう、他人が退屈してゐる姿を、そつと眺めて、軽蔑するとは!」
 私は、そんなことを呟きながら、そして出来るだけ強く照子の幻に軽蔑の念を浴せて渚に降つてピシヤピシヤと水を蹴りながら着物の場所まで引き返しました。――私の心は、わけもない後悔に閉ざされて、自分こそ安ツぽい憂鬱に落ちてゐました。
「神経衰弱なんだ。だから、これから毎朝早く起きて浜へ運動に出るんだ。さうでもしないと食
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