たしかに酔つてゐた。」
「あなた昨夜云つたこと、アレほんとなの?」
私の鼓動は一つ異様な音を打ちました。
「どんなことを云つたかしら?」
私は厭味たらしい眼付をして千代子の顔を打ち眺めました。照子に比べて千代子の容貌が数等優つてゐるのを私は、沁々と味はつて、悦びを感じました。私は前の晩出たら目に、心からお前を愛してゐるので、どうしてもお前と結婚がしたい、などゝいふことを酔興らしく云つたのを直ぐに思ひ出して今、女が追求しやうとしてゐる内容がそれ[#「それ」に傍点]であれば面白いぞ――などゝ考へました。
「ねえ、何んなことを云つた?」
「アラ、知らないわ。」
「ハツハツハ……」
「随分あなたは嘘つきね。」
「何故さア?」
私は、仰山に眼を見張りました。――何んなに冗談にしろ、こんな風なことで女から攻められる経験を嘗て味つたことのない私は、勝手に「恨まれることの愉快」を夢想して、勝手にそれに陶酔して、勝手に快い残虐を強ひました。「ハツハツハ……」
「照子さんはもう学校を出たの?」
「あゝ、去年の春。」
「どうして此方の女学校を途中で止めて、東京の学校へなんて入つたの?」
「彼奴は手のつけられないお転婆で――バカだよ。」
斯う高飛車に云つた時私は、突然不思議な(と自分では思ひました)寂しさを覚えました。不思議でも何でもありません。
「あなたが東京に居るからでせう。」
「戯談《じようだん》ぢやない!」と私は思はず叫びました。
「あなたが来年学校を出ると一緒になるんですつてね、チヤンと知つてるわ。お楽しみ……」
「ハツハツハ……」と私は、肯定したやうに哄笑しました。――矢張り俺は照子が好きなのかな……そんな気がして、また甘い情なさを味ひました。と、急に、俺は千代子の体を抱き締はしないかしら――そんな妄想が私の脳裏をかすめました。
「あら! 妾、もう帰らなければいけない、お暇でしたらまた今晩いらつして下さいな。」
今迄云つてゐたことはほんの愛嬌でといふ風に白々しく、私の返事を待つ間もなく千代子はさつさと帰つて行きました。
私は、たゞホツとしたばかりでした。照子と千代子の幻が眼を瞑つた瞬間に一寸夢のやうに渦巻き、直ぐに消えました。
さつきの「歌」のことを考へやう、と私は思ひました。――だが、いくら想つても到底照子のやうに巧には歌へません。照子に、この気持を示したら何ん
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