ひの青年運転手である。
彼は、吾々を乗せて深夜のバラツク街をのろのろと走つた。吾々は、道々、自分達が何故去年の夏以来来なかつたか! といふことに就いて話した。×さんは、話のために道をワザと迂回した。そして町はずれの小バラツクの前で吾々を降ろしたが、妻が賃金の紙包みを彼のポケツトにおし込むやうにしても彼は、ひたすら拒んで、アツハツハ! と笑ひながら逆もどりの出来ない程な道なので、その儘真つ直ぐに走つて行つた。
吾々は、隙間から灯りが洩れてゐるバラツクの門をドンドン叩いた。――どなたですか? と誰何する声がしたが、聞えぬ振りをして自分はひたすら叩いた。
まさか忘れはしまいとは思つてゐたが、案外お前のことだから? と思つて随分苦労した。――などゝ母は、好意を含めて此方を呑気者に扱つた。お前のことだから――といふ風に云はれるのは、自分は親からでも擽つたい。それに、返事を書くのが厄介だから成るべく手紙を寄して呉れるな、などと勝手なことを云ふので、が、まア、遠慮してゐたのだが、あしたになつたら、電報を打つゝもりだつた……。
「でも、まあ好かつた。」と、母は、二度もそんなことを云つて笑つた。吾
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