、今にも出かけて行つて呑気な仲間に加はらうと思ふてゐた矢先であつたにも関はらず、思はずそんな真似をして後悔した。――母は、そつと自分の背中に丹前をかけて行つた。
 そのうちに自分は、ほんとうに眠つてしまつた。雛が行列をつくつて、泉水の傍の井戸傍に水を呑みに来る夢を見た。これは自分には始めての夢ではなかつた。子供時分にも同じ夢を見たが、妙にはつきりと記憶に残つてゐるものだつた。

 三月九日
 自分は、午後の三時頃まで眠つてしまつた。一家の者は皆墓参りを済ませて帰つてゐた。父の三年忌日である。
 自分は、待つてゐた妻と共に歩いて墓参りに行つた。
 お寺で、お園とお蝶に遇つた。

          *

「三月××日」
 何の為めか知らないが彼は、以上のやうな事を七日からこの日までかゝつて、郷里の家で徹夜をしながら、おそろしく苦んで書いた。
 彼はアメリカのAから手紙を受け取つた。Aは彼の東京の居住を不安に思つて郷里にあてて寄したのである。彼が、ずつと以前反古にした紙片のうちには次のやうな個所がある。
「この間私は米国へ行く友達のAを東京駅で送つた。アメリカへ行く友達――さういふことに私
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