? 旅を想つたりしたのも呪はれた自分の頭の自責を逃れるための方便だつたのかも知れない。
 自分は、激しい鼓動に戦きながら、ふらふらと其方に手を伸した。
「書くことに迷つてゐる自分! 無能! 行き詰り! 苦し紛れ!」
 つい此間、親不孝な男と称ふ題名の小説を文壇に発表して多くの嘲罵を買つた自分は、また同じやうな手を盗人になつて差し伸した。
「あ……」と、自分は絶望的な嘆息を洩した。――自分の手は棒になつて動かなかつた。自分は、明るい電灯に曝されてゐる骨張つた手を視詰めた。指先を憎体な熊手のやうに曲げて凝つと、指先きばかりを視詰めた。頭は一つの魯鈍な塊りに過ぎなかつた。――間もなく自分の腕は、渡辺の綱に切り落された間抜けな妖婆の薪のやうな腕になつてポツコリと転げ落ちた。
 考へるだけに呪はしいと思ひながら自分は、この間うちからあれ[#「あれ」に傍点]にばかり目をつけてゐたのだ。その自分を自ら遠回しにごまかしてゐたらしい。だが自分の心は飽くまでもあれ[#「あれ」に傍点]に根元を握りしめられたまゝ、異様な無性を貪つてゐたのだ。
「いよ/\となれば――」
 創作家であるべき自分の胸の底には、斯ほ
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