かのやうであつた。主にドイツに行くのだ。
テル子が手持無沙汰にとりあげた三味線の爪弾きを聞きながら私は、「達磨の梯子降り」を繰り反し繰り反し弄んでゐた。いろ/\な署名やメモを誌したあのゲーテの手帳を昨夜紛失してしまつて私は洞ろな心地であつた。だが時々、薄曇のした空を窓から見あげて徒然の絃器の音などを聞いてゐると遊楽の巷で遊び疲れたかのやうな陶酔を覚えた。
八重洲口があいてから気のせいなんだが汽笛の音が、とても耳近く聞こえるやうな気がしてならない――などとテル子が呟いだ。
底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房
2002(平成14)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「時事新報(夕刊)」時事新報社
1931(昭和6)年2月21日〜3月1日
初出:「時事新報(夕刊)」時事新報社
1931(昭和6)年2月21日〜3月1日
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2010年1月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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