の煙に閉されて、森家の土蔵の白壁だけが黒い林の中に一点、窓のやうに輪郭を遺してゐる。
今度は滝本が眼鏡を村井から奪つて、眼にあてたが、もう薄闇が一面に棚引いてしまつて盆地一帯は涯しもない海原のやうだつた。――乾盃々々《プロージツト・プロージツト》! 皆なが無茶苦茶になつてしまつてあの晩のことは半ばは有耶無耶で何も思ひ出すことは出来なかつたが、左うしてゐると滝本のレンズに、大写しになつた百合子の不思議な艶かしさを湛へた姿が、夢になつて、ほのぼのと浮びあがつて来た。――ミンミーがよみがへつて、剥製の仲間達の間を歩き廻つてゐるかと思ふと、やがて、ジヤツキも木兎も大鷲も徐ろに蠢めき出して、溜息や、羽ばたきの音が起つた。
九
あの頃のローラは一体いくつ位ゐであつたかしら? たしか自分が大学へ入つて間もない頃で、父親の友達であつたアメリカ人のR氏の家庭にローラと共々寄食して、横浜から、東京の学校へ通つてゐたが、今見ると、たとへ妹とは云ふものゝ無闇に齢などを訊くのは差控へずには居られない、もうちやんとしたレデイになつてゐて――滝本は少々勝手の違ふ心地に誘はれてゐた。その上、子供の頃
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