具合に従つて仕事に取りかゝるのを順序としてゐた。納戸から三階になつて屋根裏の一角に達する階段を登り詰めると、草葺を四角に凡そ一坪程に切り展いた封建時代の展望台に達する。武一は此処を鳩舎に用ひてゐた。若しも彼等の潜入に不首尾の日には、百合子は此処に赤旗を掲げた。旗は鳩の訓練用に使ふものだつたから誰も怪しむ者はない筈であつた。赤旗を見出した日には彼等は、その儘村の道場に赴いて剣術の練習に終り、折好く夕暮時の鳩舎に赤旗の影が見えないとなると一同の者は塚本の鍛冶屋店に引き返して、暮色を待つた後に出発するのであつた。万一の場合を慮つて剣術道具に身を固めて竹刀をひつさげて忍び込むのを常例としてゐた。
「堀口と太一が今迄お酒を飲んでガヤ/\やつてゐたけれど、すつかり寝込んでしまつたからもう大丈夫だわよ。」
 納戸の窓から差し出された雪洞の灯が大きな円を描いた。首尾好しとばかりに躍りあがつて乗り込んで行つた夜盗達を、眼下に、百合子が廊下の窓から雪洞を翳して乗り出しながら囁いた。十日ばかり前の薄曇りのした晩で、期節外れの蛍が時たまに瞬いてゐた。洋服の上からひつかけた牡丹色の羽織の袖で灯りのゆらめきを気遣
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