だつたから――。
「居るんだよ!」
滝本は、慌てゝ窓を展《ひら》いた。
純白の春の半オーバと、同じ色のターバン・キヤツプを無造作に被つた、素直に丈の高い百合子が、
「おゝ、好かつた!」
と片手を挙げて微笑んでゐた。片方の手には、スーツ・ケースを下げてゐた。
「元気の好い様子だね――お休みが余ツ程嬉しいと見えるね。」
滝本は、百合子の手から鞄をとりあげ、
「こゝから、お入りよ。さあ、手を執つてあげよう。」
と、前身を窓から乗り出して、両腕を差し伸した。――「随分、重い鞄ぢやないか、ひとりで来たの?」
「ひとりで大丈夫よ。」
百合子は、窓を指して微笑んだ。窓枠は、百合子の恰度|頤《あご》のあたりまでの高さだつた。
「その、花の植木鉢をのかして頂戴な。」
二三歩後ろに退いてから、百合子は軽く勢ひをつけて、ひらりと窓枠の上に飛び乗つた。
「玄関で、何辺も呼んで見たけれど、一向に返事がないので、もう空家になつてしまつたのか知ら――と思つたわ?」
「うむ……それは、ちつとも気がつかなかつたけれど、相変らず阿母《おふくろ》との間が面白くなくつて――僕は、何時でも玄関には錠を降し放しにし
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