「つまり吾々の理想生活の発端といふのが、個性を超越した漠然たる夢の……花やかな円形競技の――」
 などゝ意味の好く解らぬやうなことを朗読する見たいに歌つてゐた。
 乗手を置き去りにしたリリーとミドリが竹下の後から坂を昇つて行つた。――ローラと八重は河原に降りて蜻蛉を追ひかけてゐた。
 馬を洗つてゐる男の傍に何時の間にか太一郎と堀口が現れて、娘達の様子を眺めると二人は、
「やあ、好い処に居るぢやないか!」
 と顔を見合せた。
「八重――」
 と太一郎が呼んだ。何故か彼は何時でも八重の名を呼び棄てにした。「ローラさんはもう、リリーに慣れたかね。」
「えゝ、慣れましたわ。」
 八重の代りにローラが何か感違ひでもしてゐる見たいな顔つきで、早くちの英語で答へてゐた。「今も皆なで行列をつくつて、駆けて来たところです。」
「此方のものだよ。」
 太一郎が眼を輝かせて堀口に囁いた。
「私の馬をお借しゝませう。」
「八重は俺のにお乗りよ――競馬場へ行つて遊ばうぢやないか――ローラさん、珍らしい蝉をとつてあげますよ。」
 太一郎と堀口は滝本達が競馬場へ向つたことを知らぬ様子であつた。

     十二

 武一がラツキイを駆つて、馬場を廻つてゐるところに滝本達が来て――此方も三人のカタリーナを出場させて選手権を争つてやらうではないか、無論三人とも勇んで承諾したから――といふことを告げると、
「左う決まれば――」
 と武一は雀踊りして叫んだ。「東京へ引き上げた後も季節《シーズン》毎に村に帰つて――堀口達を牽制しつゞけてやることが出来る。百合子は、この頃こそ騎手にならなかつたが、誰にも負《ひ》けをとつたことのないブリリアント・チヤムピオンなんだもの――」
「八重さんとローラさんも、此頃では妾に負けない名手だわよ。」
「男達の働きよりも、一年一回のカタリーナ達の収入の方が断然リードするなんてことになりさうだな――ハツハツハ……」
 竹下は無性に痛快さうに哄笑した。「東京の郊外に早速――ヴエランダつきのバンガロウを借りるとしよう。そいつが俺達の合宿所になるといふわけだ。」
 堀口と太一郎が、ローラと八重の轡をとつて、其処に到着した。
「僕達は夫々馬を所有することが――決つたので――」
 堀口等に先立つて竹下が云つた。「ドリヤンとリリーとラツキーが僕達の所有になつて――そして騎手が三人……」

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