つての義理合上から私達の面目が……」
「混血児の妹がやつて来たなんてことは、あんまりパツとさせない方が、それこそあなた達の世間態は綺麗でせうがね。何うせ、今迄だつて、きつぱりと秘し通して、こゝまで済んで来たといふ場合に僕達にはあなた達にも、このいきさつは何も解られてゐないと思つてゐたんですもの。」
「冗談ぢやない、十年も前から解つてゐることぢやないか!」
「……然し、ローラさんの今後の問題は何も彼も守夫に負はせて置けば――いや、それが当然の話で――」
「それはまあ今後の別問題として、今日の場合だ、何うしてこのまゝ君の家へ行つて旅装を解かせるなんて、そんな無茶な話を吾々が黙つて見過して居られよう!」
「然し……」
「いや然し……」
堀口と武一が切りに口論を交へてゐた。
こちらの馬車は、その間にもう徐に走り出してゐた。滝本の馬車の馭者台には百合子が、そして先へ立つた空馬車には八重が、互に何やら呼応し合ひながら、手綱を振つて駆け出した。竹下と村井が追ひかけて来て、別々の車に飛び乗つた。
「行つてしまへ/\! 百合さん俺が代らう。」
「行つてしまへば、それつきりだ――八重ちやん俺が手綱を持たう。」
武一も追ひついて来て八重の馬車に飛び乗ると、空を切つて鞭を鳴した。二台の馬車は追ひつ追はれつのかたちで街道を駆け抜けると、再び断崖の中腹を縫ふ螺旋状の径道《こみち》にさしかゝつた。
滝本は、夢から醒めたやうに顔をあげると悲し気な眼で空を仰いだ。ローラは彼の胸に凭りかゝつたまゝ、
「そこにゐる人達は悪人ぢやないの?」
と竹下達を指して、小声で囁いだ。滝本は、思はず笑ひ出してしまつた。
「おい竹下、俺がね、堀口のことを悪人だとローラに紹介したところ、ローラつたら君達もその仲間で、此方が、ハンド・アツプに出遇つたのかと思つたんだつてさ。」
「なるほど――」
と竹下は神妙に点頭いた。「見渡すところ凄い田舎だからな。ローラにして見れば、西部に来たやうな感じだらうからね。」
「大丈夫だよ、ローラ、これは皆な――僕達のキヤムプの仲間なんだから――云はゞ、吾々の危難を知つて救助にやつて来た義勇軍の面々さ。」
滝本が左う云ふとローラは、ほんとうに安心して竹下に会釈した、ロココ風にさへ見へるはにかみを含んだ様子で――そして、漸く胸の震へが治つたが、さつきはフランクが余り意久地がないので
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