一ト通りは――」
「そんなら好いが、若し巧く行かなかつたら君通訳して呉れないかね。」
ローラは、酒樽などが据えてある店の腰掛に百合子と並んで、あたりをきよろ/\と見廻しながら、此処は何う云ふ類ひの家なのか? などゝ百合子に訊ねてゐた。百合子が、酒場《バア》とホテルを兼ねて、そして村人達のクラブにもなつてゐるところだ――などゝ説明してゐた。
「ローラさんですか、私は滝本の縁家先の者でして。」
堀口が、ローラの長い旅の労を丁重にねぎらつたが、相手にはさつぱり通じぬ模様だつた。堀口は、てれて、これあ困つたな……と苦笑しながら、
「おい守夫さん、何とか云つて呉れよ。」
と救けを求めた。滝本は、不図堀口に対する積る鬱憤を晴すのは斯んな時だと思つたので、ローラに向つて、
「この男は――」
と、様子だけはおだやかにして、堀口を説明した。「怖るべき悪人としてお前に紹介するが、吾々のフランクが亡くなつた後に、一切の吾々の権利を奪つて、吾々を窮地に陥入れようとしてゐる憎むべき人物なのである。心に思つてゐるまゝの事を決して口に出して云はぬ稀大の嘘吐《うそつ》きである。要心せよ。」
「有りがたう。」
と堀口は云つた。百合子は、笑ひを怺えるために唇を噛んでゐた。
「見よ、彼の面上に漂ふ真実味に欠けたる微笑の有様を――」
と滝本は続けた。「彼方に見えるあの青々とした蜜柑畑の丘、そしてあの丘の下にある吾々の家や畑や、または町の銀行に預けてある吾々に属すべき幾種類もの株券――それらの財産の凡てを、他人の名前に書きあらためて――」滝本は、母と云ふべきところを「他人」と云ひ換へたのである。「更に余をこの地から放逐せんと計《くわだ》てた邪悪の心の持主である。そして、お前が、余の妹であるといふ事実は知らぬ筈なのだけれど――」
「守夫君――」
と堀口は滝本の手を引いて「斯う云ふことをローラさんに云つて呉れないか――。たつた一人で斯んなところへ訪れて来て定めし心細いことだらうが、此処はあなたの第二の故郷も同然のところだし、吾々がついてゐれば決してもう心配することは要らない、優しいお母さんもゐる、親切な私といふをぢ[#「をぢ」に傍点]さんもゐる――どうぞ、もう、何の遠慮もなく何時までゝも居て呉れるように――と。」
「あなた達は一体ローラのことを何う思つてゐらつしやるんですか?」
滝本は思はず気色
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