景を口を極めて賞め讚へながら――、
「去年のロメリアで、先生達と一緒にレーキ・サイドへ行つた時に見た景色に似てゐる。」
 などゝ云つた。
「ロメリアつて何なの?」
「ハヽヽヽヽ、それは方言だつたかも知れない、失礼――。ピクニックと|同じ意味《シノニム》なんだけれど、もう少しお祭り気分が濃厚の、あたし達の町の行事《ロマノールム》なのよ。やつぱり斯んな馬車を、花などで飾つて幾台も連ねて、それこそお爺さんもお婆さんも若者も、娘も、皆な夫々得意の楽器を一つ宛抱へて浮れ出すのよ、面白いこと!」
「まあ――。ローラさんの楽器は何なの?」
「タンバリン――去年の時は、お友達とおそろひでジプシーになつてよ。……さう/\、あたしが幼い時分にフランクはホルンを吹いてゐたけれど今でも続けてゐて?」
「……さうだ、あのラツパは持つて来て置きたいな!」
 と滝本は呟いだ。「続けてゐるよ。ねえ、百合さん?」
「あの時――」
 と滝本の背後で百合子が云つた。堀口と争つて海辺へ逃れた時のことを百合子は思ひ出したらしかつた。……「この頃、あの時一度聴いたゞけだけれど……」
 百合子の口紅《べに》が、ラツパについてゐたのを知らず口にして百合子に笑はれた時のことを滝本は思ひ出して何やらヒヤリとする思ひに打たれて口を喊《つぐ》んだ。あの時考へた「結婚」の妄想は、さま/″\な事件に追はれてゐるうちに自分ながら烏耶無耶になつてゐたが、百合子の胸には何んな風なかたちで残つてゐるのかしら? と滝本は思ひ起してゐた。
 やがて小さな岬を廻つて中途の村に着くと、村端れの休み茶屋の前に出たので滝本が馭者台から飛び降りてラツキーに水を与へようとすると、不図堀口に出遇つた。
「やあ/\御苦労様!」
 堀口は酷く愛想の好い態度で、滝本達を迎へた、「停車場まで迎へに出なければならなかつたんだが、時間が少々早過ぎて、遅れて済みませんでした。大変だつたらう。でも、まあ、此処で遇へて好かつた、あの……」
 と堀口はローラの名前を訊くのであつた。滝本は大分勝手の違ふ心持で、名前だけを通じると、
「さう/\ローラさんか――。さあ、まあ、ちよつと降りて一ト休みして下さい。」
 馬車の傍らに進み寄つて、ローラと百合子に次々に腕を差しのべて、いんぎんに茶屋の奥へ案内するのであつた。
「守夫君、ローラさんは日本語は何うなの?」
「出来るでせう、
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