かのやうな沈着な羽ばたきと共に、青空を指してゆらゆらと舞ひ上つた。そして党員達の頭上に、円光のやうな輝かしい螺線の輪を描きながら、R村の方角を見定めると、丘の彼方を目指して流星の勢ひで姿を没した。
皆は、何んな事件が起らうとも朝の幾時間かは夫々自分のための仕事にたづさはるといふ掟の下に、プレトン流の共和生活を始めたところなので、この第一日の朝も斯うしてハンスを見送つてしまふと、急に黙り込んで家の中へ立ち戻つた。
竹下は、スケツチ・ブツクを携へて水車小屋の見える街道を横切つて行つた。村井は、滝本の書架から二三冊の詩集をとり出して、また庭に出て芝生に寝転んでゐた。夏の砂日傘《サンド・パラソル》を立てゝ、彼は、その影で、
「マイエーの蛮族は草を追ふた、妻と子と家畜を従へ、一袋の銀貨を腰につけ――」
などゝ、詠《うた》ひながら創作の構想に耽つてゐた。
滝本は、自分の部屋に来て机に凭つたが、空け放された窓から見える明るい丘をぼんやり眺めてゐた。――見ると、ジクザクの山径を脚速く昇つて行く人形のやうな男が此方を振り返つて帽子を振つた。――武一である。滝本も手を振つた。
間もなく武一は頂きに達すると、雲ひとつ見えない青空をスクリーンにして武張つて大の字に腕を挙げ、熱い意気を示すかのやうであつた。――丘に反射する雨のやうな陽《ひかり》が眼ぶしく明る過ぎて、武一の姿だけが、見霞むデイライト・スクリーンの真ン中にぽつんとシルエツトになつて映り出てゐるので、一体何方を向いてゐるのか見定め憎かつた。が、一息つくとそのまゝ向ひ側に降りて行つたので、此方を背にしてゐたことが滝本に解つた。武一は、丘の向ひ側の村にむかつて、武張つてゐたわけである。ハンスの行手を見定めに行つたのだらうと滝本は思つたが、それにしては大分力の容れ具合が凄じ過ぎる! と軽い不安の念に打たれた。
俺は今のところ君達のやうに自分の仕事を持たぬ身であるから、その時間には、独りで思つたまゝの事を遂行してゐる――武一は、さつきそんな事を云つてゐたが? ――と滝本は思ひながら、翻訳の仕事を展げてゐた。彼の仕事は、星学大系といふ出版物の一部分であつた。
七
八重の家は水車小屋に並んだ村境ひの、馬蹄の中に塚本と誌したくゞり戸のついた鍛冶屋である。父親は蜜柑畑の仕事を持つて殆んど滝本の方に寝泊りをしてゐるし、兄
前へ
次へ
全53ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング