ならないオリオン座の星のやうに輝かせて、巧みに誘き寄せた。南方の騎士の館は、オリオン座を横切る銀河のほとりに位してゐる。――思はぬ眼近にオリオンの星を見出したのでパトリツクが雀躍しながら駆け寄つた時に竜はいきなり火焔の洞窟と見紛ふ口腔《くち》を開けて迫つた。が、パトリツクはその時、寧ろ自ら進み寄つて、一気に、最も身軽な三段飛びで、身を翻して化物の肚の中へ飛び込んでしまつた。だから五体には化物の歯型一つ痕《のこ》らなかつた。ボーラスの玄関番《ブラツク》は、思はぬ失策をしてしまつて眼を白黒させながら思案したが、肚の中のパトリツクを殺すためには自分も死ななければならぬといふ手段《てだて》より他に、何んな考へも浮ばなかつた。彼は、このまゝではボーラスの館に帰るわけにも行かず、死ぬ決心は決してつかず、泣きながら彼方此方の山々をうろつき回つてゐた。その間にパトリツクは揺籠よりも快い竜の腹の中で充分の眠りを執り、適度のオーミングも役にたつた。竜は腹の中の重味を持ち扱つて愚図/\してゐる間に、激烈な神経衰弱に襲はれて、青い湖の傍《ほとり》まで差しかゝると列車が停止するやうに静かに悶死した。パトリツクは竜の腹から這ひ出て、湖の岸で顔を洗はうとすると、水の中に、久しい前から行衛知れずになつてゐた妹のアニマスの顔が映つてゐた。後ろを振り仰ぐと、バベルのやうな高塔がそびえてゐた。塔の頂上の窓から、アニマスが半身を乗り出して、救ひを呼んでゐるらしかつたが声はとゞかなかつた。
二人は、幼い頃にエヂプトから来た家庭教師の星占ひの博士に教へられた、体操に依つて表示する象形文字の信号法を思ひ出して、自由な会話を始めることになる……。
閑話休題《さて》、パトリツクは、竜の腹に眠つた間に「争はずして悪魔を退治する術」を感得した楯を持たぬ騎士の名前である。ダビツトはパトリツクの友達で、アニマスの恋人である。
海の上からは発動機船の円かなエンヂンの音が悠やかに響いてゐた。白雲の影ひとつ見あたらぬ澄みきつた青空であつた。
そこで武一は、出来あがつた「メツセージ」を伝書鳩のハンスに結んで、
「さあ、飛すぞ!」
と一同に合図した。――党員達は胸先に十字を切つてハンスの行手の安全を祈りながら、交々その翼に接吻《くちづけ》を贈つた。――やがてハンスは武一が徐に眼上にさゝげた掌の上で、疾る党員達の心を圧鎮める
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