うな意味を誌した後に、
「真に古めかしい物語の通りになつてしまつたわ。で、あなたはあの時あたしが云つたやうなほんとうのナイトになつて、この次の此方からの便りの指定に従つて、その晩、ハルツの塔に幽閉されたお姫様を救ひ出しに来なければならなくなつたのよ。一先づ、そちらの消息をこの鳩に托して報じて下さい。」
 と書いてあつた。

     六

「空しく里に帰りて楯の蔭にあり。」
 森武一は、唇を噛みながら斯んなことを書き誌してから、[#ここから横組み]“St. Patrick《パトリツク》”[#ここで横組み終わり]と、署名した。
「では、俺は――」
 村井は、重い剣でも執りあげる身構へ見たいにシヤツの袖をたくしあげながら、
「Sebra《セブラ》 の意気込みだ。」
 と名前《セブラ》を連ねた。
「昔、勇士ありけり、その名を St. Authony《オーソニイ》 となん称びて、勇気に恵まれ、婦女を敬ひ、智謀に富む、長じて|南方の騎士《シルバー・ナイト》の旗下に馳せ、|青き炎の城《マジツク・ガーデン》を探るべく……」
 竹下は、奇妙な文句を暗詠《そらん》じながら物々しく筆を執つて[#ここから横組み]“|The Coming of St. Authony《オーソニーもやつてきた》”[#ここで横組み終わり]と書いて性急な咳払ひを続けた。
 パトリツクと云へば、|翼のある白馬《ペガウサス》に打ちまたがつて、地獄の魔王から「如意の剣」を奪ひとるクリステンデムの「赤靴下《ダンデイ》」だ。クレテの海底に埋没したカビールの女王の腰帯を索《もと》めに水底を掻き潜る長|呼吸《いき》の選手の名だ、セブラは――。
 ――何うも、冗談なのか、真面目なのか滝本には、これらの「シルバー・ナイト」の鼻息のほどが解らなかつたが、自分の番になつたので、同じく単に無言の健在の意を知らせるだけのつもりで自分の名前を誌すと、傍らから武一が早速見とがめて、
「そんな呑気な名前なんて書き入れて、若しも堀口の一味にでも――」
 と、鋭い注意を与へた。「前にも俺は伝書鳩《ネープ》を彼方の森で打たれたことがあるぢやないか、それ、この前の総選挙の時だつた、疑り深い彼等はそれを反対党へ送る秘密通信か何かと間違へて……」
「選挙の時だつたが、然しあれは篠谷の太一郎がお百合に宛てられた手紙を変な風に感違ひして、ネープが飛んだ犠牲に
前へ 次へ
全53ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング