、ガソリンさへあれば――」
「うち[#「うち」に傍点]のタイキはゐるか知ら?」
 森は自家の馬のことを訊ねた。
「お百合の話に依ると塚田村の篠谷に預けられてゐるさうだよ。」
「よしツ――掠奪してやる。――おい、竹下、篠谷といふのは業慾な金貸者なんだよ。」
「俺はその男から金を借りたいな。」
 竹下が、嗤ひながらそんなことを云つたのに武一は耳も借さず、
「ロープやテントなどは守夫のところにあつたな。こいつ登山なんてしたこともないんだが――皆な巧みに利用するぞ。」
 と花やかに独りで点頭いてゐた。
 事々が、話題が、突飛過ぎて滝本はいろいろと我点が行かなかつたが、久し振りで友達に会つたことの面白さに恍惚としてゐた。そして伴れ戻されて行つた百合子の話などをした後に、
「敷き放しになつてゐた俺の寝床を見て、堀口が物凄い表情をした時には、少々参つたね。泊つたといふことで、すつかり逞しい想像を回らせてゐるのは、あんまりデカダン過ぎると思ふんだよ。」
 などと云ふと、村井と竹下が神妙に眼を視張つて、
「それあ愉快だ。ギツクリとしたであらう堀口といふ男の衝動を想像すると、何となく好い気味ではないか。」
「然し、それは空しいエロ風景だな。」
 と叫んだりした。
 武一は、あかくなつて話頭を転じた。
「村井は小説よりも寧ろ鉄砲の方が巧いと自慢してゐるし、竹下の腕力は三人前なんだ。そんなことが、悉く、お伽噺の中のチヤムピオンのやうに現実で役に立つといふことになつてゐるんだ。守夫と俺は、田園の、かくれたるスポーツ・マンだし……」
「然も俺は料理の名人だ。」
 と竹下が鼻を高くした。「下宿を追つ払はれた村井と失業者の森を、俺のアパートで今日までちやんと、この腕で養つて来たんだからな!」
「これからは瓦斯や水道を止められる心配はないから、いくらでも腕は揮へるだらう。」
 三人ともいよ/\行き所がなくなつたので、皆なの持物を一切売り尽した上句、これだけの仕度を整へて出発して来たのだ、若し此処が不首尾であつたらキヤムプを続けるつもりだつた――といふことを村井が滝本に説明したりした。――滝本は、凡ゆる生活上の難儀をものともせずに踏み超えて、ひたすら自分の芸術の道に生きようとしてゐる竹下や村井の情熱と自信を尊く思つた。
 今夜限り――などと約して、ビールの乾盃を続けながら、レコードをかけて男同士で踊つ
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