の婦人を顧た。――其処には、早朝に滝本が堀口の電話に起されて、飛び起きたまゝの寝道具が取り乱れてゐた。堀口が覗いた椽側の雨戸が一枚開いてゐるだけで、人の気合の有無も判別し憎いほどの暗さであつた。
急に声を潜めてしまつたので滝本のところまでは言葉は達しなかつたが、堀口は不思議な笑を堪へながら胸を張り出したり、屹ッと眼を据えて、何事かを囁きながら指差しをして、大業に点頭いたりした。――すると彼等は、更に何事かをひそ/\と耳打ちをしながら、足音を気遣ふような姿で、南天の繁みの間をくゞつて裏の方へ廻つて行つた。
二人は百合子を見つけ出すであらう――と滝本は思つたが、たゞ、変な人達だな! といふ心地がしたゞけだつた。そして彼等が、途方もない淫らな想像で勝手な好奇心を動かせてゐるらしいのに、馬鹿々々しさを覚へたゞけだつた。
自分は、それにしても今朝、堀口にあんなことを云はれて、何うしてあんなに逆上したのだらう――と滝本は、あの時の心的状態を回想して見ると、急に、わけもわからなく、百合子がいとほしく思はれて来た。――何も知らずに寝台に突ツ伏してゐるであらう百合子を、カーテンの間から覗き見してゐるであらう二人の者の心持になつて想像すると、滝本は酷く不健全な、そして目眩《めまぐる》しく甘美な陶酔に誘はれながら得体の知れぬ烈しい嫉妬感に襲はれた。
滝本が二人の後から、裏庭に廻つて来て見ると、百合子は窓から半身を乗り出して、至極長閑な面持で、窓下の二人の者と何やら会話をとり交してゐる。――滝本には意外な光景だつた。
「守夫さん、何処へ行つていらしたの。妾、すつかり寝坊しちやつて、今母さん達に窓を叩かれて、吃驚して目を醒ましたところなのよ。」
滝本の姿を見出すと同時に百合子は左う云つた。それで、窓下に立つてゐる堀口と伴れの婦人が滝本の方を振り返つた。
と、堀口が極めて恬淡らしい豪傑気なひとり笑ひと一処に、
「やあ!」
と云つて滝本の肩を叩いた。「今朝は、何うも、つい言葉の勢で飛んだ失敗をしてしまつたよ。悪く思はないで呉れ給へ。」
「どうも此度は、また百合子が――」
傍らの婦人が続いて挨拶した。
「森さんの奥さん――」
堀口が、百合子等の継母を滝本に紹介した。「君は始めてだつたかね。」夫人は主人の代りに出向いて来た由などをつけ加へた。
「ぢや、二階で待つてゐるからね。」
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